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沢山管理しているブログの更新は「月に1回程度」 メインの『世界』は「新作が出来た時くらい」

最近始めた『笛吹ピエロのイラスト絵画教室』は「落ち着くまで毎日の更新」とします。

続くかどうかは分かりません。ただ、アクセス数やランキングは様子を見た結果「無視」とします。

結局、自分の技術を再確認して、新たな発想につながるような更新であればいいのでしょう。

あくまで、自身の為のブログ。これはすべてのブログに言えることだと思います。

アクセス数、ランキング、人気度、…何の意味もない。そのブログサービスの「あおり」だけ。

それよりも、更新することにより、アイデアのヒントになれば、こんなにいいことはありません。

更新は野球の「素振り」の練習みたいなものでしょうか。 日々、練習して練習の繰り返し。

「素振り」をしないでホームランは打てっこないのです。 こんなに当たり前はないのです。

こちらのブログは、取り決めはしません。思い立った時に、1日何回でも書きます。更新します。


2015/01/09(金) 14:33 PERMALINK COM(0)
今、テレビの旅行番組で詩人の宮沢賢治が取り上げられていました。

宮沢賢治は37歳で没しているのですね。 しかし、彼の作品は現代まで生き続けています。

また、昔の作家や芸術家は短命であった人達は多いです。こころざしなかばで去りました。

今日の成功を彼らは予測すら出来なかった筈なのでしょう。

だから、芸術家はあきらめないで作品を沢山残すことだと思いますよ。

残すのに苦労するのは、アイデアが出ないのは、最初から芸術には不向きであっただけです。

こんなに明らかなことはないじゃないですか。こんなに簡単なことじゃないですか。


2015/01/08(木) 21:57 PERMALINK COM(0)
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今日は家電店に印刷の用紙を買いに行きました。マウスの調子が悪かったので新しいのを買いました。800円でした。帰りに100円均一に立ち寄ったら、A4サイズの額縁が200円で、わりとしっかりしていたので、棚に置いてある枠が白い色の分だけ衝動買いしました。8枚? 田舎に住んでいると、都会に比べて店舗に置いてあるの品物の種類は少ないですから、見つけた時に買っておかないと次がないみたいな感じです。

画像は正月に初詣に行った神社の御守りです。御守り売り場のテントの屋根が低くて、私は2回ばかり頭を金具にガチャンとぶつけてしまいました。痛かったです。巫女のバイトの女子高校生くらいの女の子が2人、それを見て笑っていました。正月早々に御守り売り場で頭をぶつけるとは…この先が思いやられそうです(勘弁)

テレビで去年話題になった偽全聾の音楽家のインタビューがあってました。字幕を読むと「…欲があったのだろう」との答え。…確かに芸術家は話題性がないことには、一生、日の目は見ないのが宿命には違いないのでしょう。つまり「いかに活躍しているかの証明を得ること」になるのだと思います。…これがなかなか定まらなくて、効果が現れなくて、ずっともがいているみたいです。しかし、私は「今年60歳」を節目にして、この辺の葛藤を卒業することにしました。努力は今までどおりしますが「期待はしない」ということでしょうかね。


2015/01/08(木) 19:22 PERMALINK COM(0)
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隣の町内の神社の境内です。木に正月飾りのしめ縄がしてありました。

今日は書くことに詰まっています。毎日毎日、ネットのどこかで何かを書いていますからね。

プッツリの日だってあるのです。…本当にずっと頭の中が回転している感じ。

ない知恵を働かせて、絞り出している感じ。 だからまぁ、自分でも分からない失敗が多いですよ。

例えば…はいている、ももひきが前と後ろ反対とか。…全然気づかないのだよね(溜息)

風呂なんて、頭にシャンプーとリンスをかけたと思ったら、すぐにそのことを忘れてしまって、

また、シャンプーとリンスをかけ直しているのです。…本当にどうかしてると思いますよ。

頭の中の何かが狂って来ているみたい。…困ったことです。全く困ってお手上げです(降参)


2015/01/07(水) 20:57 PERMALINK COM(0)
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隣の町内の神社です。2日の日に立ち寄りました。田舎は町内ごとにこんな小さな神社があります。境内は誰もいなくてひっそりとしていました。私は自転車でスーパーに行く時に、時々寄ってみるのですが、ここで人を見たことは1度もありません。私の町内の神社も同じです。

先日の話の続きですけれど、定年退職まで働いてホッとしたら「あいつはどうしているだろう?」と旧友を思い出したりするのでしょう。それで懐かしくなり「会いに行こう」とか思い立つようです。しかし、テレビの再会の番組などを観ていると、旧友に再会して喜んでいるのは本人だけで、旧友は複雑な表情をしていることがよくあります。どうしてか? やはり人それぞれに生きてきた事情があるので、再会して「万々歳」とは行かないこともあり得るということなのでしょう。また、音信が長く途絶えたならば、旧友の現状を察して「声をかけていいのか? よくないのか?」を確かめて判断するべきだと思います。「いきなり」ならば迷惑であるかもしれないのです。

話は変わり、私は母校の芸大に個展を開いた際は後援になってもらったり、会場に花を頂いたりして、大変ありがたく、懐かしくもありました。ところが、詳しい事情は書けませんけれど、芸大は学園側と労働組合とがもめていて、裁判沙汰になっているのでした。そんなことも原因かもしれませんが、私はちょっと、あることで残念な思いをしてしまいました。それはすべて、私の芸大を想う懐かしさの為の理解不足だったのでした。…芸大、学校も経営第一だったのでした。なので、私はもう芸大とは関わり合いにはならないです。たまに観ていた芸大のホームページへも2度とは行かないです。本当に残念ですが、仕方がありません。私は「卒業生」それだけで良いのです。


2015/01/06(火) 20:19 PERMALINK COM(0)
今年の10月で私は満60歳になります。歌の歌詞ではありませんが、

まさしく「今年60のお爺さん~♪」になってしまいます。

「年を取っても~お舟をこぐ時は~元気一杯櫓がしなる~♪」

いやいや、私はもう、ヘルニアを患って手がしびれて櫓をこぐ元気さえありません。

とにかく今年は「人生の最終コーナー」だと思っています。

限られた時間を無駄にしないように、精一杯努力したいです。

なる、ならぬは、やってからのことなのでしょう。 ガンバレ、ガンバレ!!!!


2015/01/05(月) 22:02 PERMALINK COM(0)
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正月には友達から年賀状が届きました。しかし、私は去年から誰にも年賀状は出していません。理由は? ここのところ私の体調と精神が優れなくて、正直な話、恥ずかしい話ですが、私に何かあっても、家族に喪中のハガキを書いてくれる者がいないからでした。妻も娘達も年賀状に加えて普段、ハガキや手紙は全く書かないのです。なので、私自身で友達や知人とのやり取りを止めておくしかなかったのでした。

届いた年賀状の気配から、皆「今年はお互い60歳になるけれど、これからだよ…」みたいな内容ばかり。そして、彼らが普段から語っていた「定年退職したら、そちらに観光に遊びに行きます」といった彼らの予定を思い出すのです。…しかし、私はもう「これから…」じゃないんだよね。私はある面、12年前に失聴した時に「自分の一生は終わった」と認識して「それでは何が出来るか?」を模索してイラストレーターを目指したのでした。彼らとは事情が違うのです。

そして何より、私は耳が不自由なので家族に介助してもらうことが日常です。電話だってかけられません。突然「遊びに行くよ」と言われたって、家族は働いているし、観光を手伝うにしても、私だけだと無理なので、また家族に助けてもらわないとダメなのです。同居している母も高齢です。…そんな事情を、私は時々彼らに「私は耳が不自由だから、連絡はメールでお願いします」と再三連絡しているのですが、返事の連絡はなし。普段、音信が途絶えているのに、自分達の都合のいい時にだけ突然、連絡して来る。…どうして時々でも「耳の調子はどうだ?…体の具合はどうだ?」と聞いてくれないのだろ?…多忙であることは承知しています。だけど、ちょっと心配りが足りないと思いますよ。身勝手。

年賀状については、もう何十年も印刷したハガキだけ送って来る友達がいたりして、どうして「ひと言でも、元気か?」くらい書けないのかと不思議に思えてしまいます。いくら彼の性格が「そんな風だから…」と納得しようとしてもね。無礼すぎる。あまりにも配慮不足。…なので、私は彼への年賀状を止めてもいい筈なのです。

今年は「止めた」と忘れかけた友達から、年賀状や連絡が入って、ちょっと戸惑い気味です。しかし、私はもう「アウト」です。一切のやり取りは出来ません。それくらい体調が酷くなっています。から元気で誤魔化している状態です。長い間、どうもありがとうございました。私のことは、ほっといて、忘れて、残りの人生をあなたたちの生き方で生きて下さい。


2015/01/05(月) 10:29 PERMALINK COM(0)
さて、今年は、このまま行けば私は10月で満の60歳。還暦を迎えます。

「このまま…」と気おくれ気味は、体調が不良なので10月までさえ自信が持てないからです。

どちらにしろ何か目標は決めておくべきなので「何を優先してやるべきか?」と思案の最中です。

今、1番気になるのは、盲目のピアニスト辻井伸行さんの演奏が「奇跡」と呼ばれるので、

恐れながら「では…笛吹ピエロにとって1番の奇跡って何だろう?」と想像しています。

まぁ、耳が聞こえなくても一応、絵は描けますよね。小説も書けることは書けるのでしょう。

そうすると、残りは音楽ってことなのかなぁ? 全聾で音楽?

しかし、去年は、その偽物の音楽家の話題で、正真正銘の全聾者まで疑われてしまった気配。

やりにくくなった気はしますよね。 でも、ぶっちぎりを目指したならば、まだ可能性はあるような?

「どんな、ぶっちぎり?」 その方法を早く見つけたいです。早く見つけて実行に移したいです!!


2015/01/04(日) 21:11 PERMALINK COM(0)
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去年の大晦日は、夕食を済ませると部屋に布団を敷いて、人工内耳を装用して紅白歌合戦を観てました。部屋のテレビの音質は人工内耳と相性が良くないせいか、やはり歌手が「どんな曲を歌っているのか? どんな風に歌っているのか?」を理解するのは難しかったです。

全体的に、若い女性ポップ歌手のバラードの歌い方が「皆、同じ」に聞こえてしまうのは、どうも味気ない気がしました。「アナと雪の女王」系列でしょうか。まるで少女漫画を読んでいるみたい。皆、同じ顔。曲に思えてしまうのです。流行はあるのでしょうが、私はビートの効いた音階「ジャキジャキ」ときざむようなシャッフルなリズムが好みなので、全く物足りなくて仕方がなかったです。印象に残った歌手は?…嵐ですかねぇ。理由は分かりませんが、彼らの歌う曲は、何となくいつも分かりやすいです。SMAPよりも嵐の方が聞きやすいです。

こういうことは、私は耳が不自由なので曲を「歌手が歌う時の、顔の表情や身振り手振り」を参考にするしかありませんので、それに反すると全く「いい歌」とは思えない感じです。例えば演歌の女性歌手が字幕の歌詞は悲しいのに、表情は微笑んでいたりすると「…一体何を考えているのだろう?」と不思議に思えます。チャラチャラしないで、もっと感情を入れて歌わないとないとですなぁ。そして、肝心なのは歌詞にもよりますが、歌い方の真髄って「喜怒哀楽」だと思いますけどね。歌っている最中に「マジで怒ってる顔」は異質かもしれませんが、歌って結局、一人芝居なので、そんな独自の世界を照れないで目指すべきだと考えます。…私は、こんなことは耳が聞こえなくなって初めて分かりました(納得)


2015/01/04(日) 14:20 PERMALINK COM(0)
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新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。昨日、自転車で隣町の神社へ初詣に行って来ました。三が日の初詣は何年振りだったのやら? 妻が今年も元旦から仕事だったので、初詣に行く習慣が失せてしまいました。神社まで自転車で15分ほど。行きはこんなに空は青かったのですけれど、帰り際に黒い雲が広がって雨とひょうが降り出しました。すっかりびしょ濡れになってしまいました。正月早々ついてなかったです(溜息)

またテレビで盲目のピアニストの辻井伸行さんの番組がありまして、辻井さんの普段を知ると、非常に驚いてしまいました。並々ならぬ努力家なのですね。障害のハンディがありながら健常者以上の演奏技術を習得するのは、本当に大変だと思います。「奇跡」だけでは済まされない奥の深さがある筈。私も耳が聞こえないので、辻井さんのご苦労が自分のことのように察せられる気がします。とにかく練習に練習。弱音を吐いたり、逃げ口上ばかりの芸術家が本当につまらない人間に思えてしまいます。私も辻井さんをお手本にして、もっともっと頑張りたいです。残り少ない年齢にはなりましたが、芸術の道を極めたいです。

今年から管理しているすべてのブログは「月に1回の更新」にします。検索サイトに反映を考慮すると「最低でも月に1回」が限度に思えたのでした。それで、頻繁に記事を書くのは、ここだけにします。メインの「笛吹ピエロの世界であります」は検討中です。それでも「1週間に1回くらい」だと思います。感触的に私はもうブログは「今年60歳」を機に卒業ですね。今後はブログに費やしていた時間を別のことに使いたいからです。することはいくらでもあります!!(確信)


2015/01/03(土) 20:10 PERMALINK COM(0)
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今日は妻は出勤。娘達は食料品を買いに行き、母はおせちを作っています。…ちょっと内々に不幸がありまして「正月に…」と神妙な心持になっています。不幸に正月も盆もありませんからね。そして、他人事ではなくて「自分も遠からず…」と腹をくくっています。でも、焦ったり深刻にはならずに「だから、どうしたらいいか?」だけを考えて、出来ることをさっさと済ませたいです。

…可能性のことかなぁ? 自分自身に「どれだけの力があるか?」って分からないですよね。だから努力をして、歯磨きのチューブを最後まで出し切るみたいな感じにしたいです。最後の残りの「ひとぬぐい」までです。でも、そんな当たり前のことが分からずに、宝の持ち腐れのような連中は多いです。「何をしているのだろう?」と不思議で堪りません。自分にあるものを出してしまうことだけなのに…。 1年間ありがとうございました(感謝)


2014/12/31(水) 14:32 PERMALINK COM(0)
盲目のピアニストの辻井伸行さんの素晴らしい演奏をテレビで観て、人工内耳は外していたので、演奏そのものは聞こえなかったのですが、目が見えないのに、あんなにすごい演奏が出来るのだから、耳が聞こえない自分にだって「無理じゃないかも?」と考えたりするのです。

しかし、辻井さんの場合は、お母様がつきっきりで介助していた様子。前に何かのドキュメンタリーで観たように思います。お母様は辻井さんの良き理解者であり指導者であった訳です。

比べて、私の家族は芸術には全く関心がありません。母は、私が子供の頃に好きな漫画を描いていると「勉強しろ!」と叱りました。私の絵には全然興味がなかったのです。その母が、私が現在、個展を開いたり、新聞に掲載されたり、テレビで紹介されると、協力的な態度に変わったのです(溜息)…やっぱり、家族が、最初から、はまらないとダメですね。子供の才能を理解して協力してくれないことには無理ですよ。特に障害を持つと本当にお手上げ。自分で当たり前のことが出来ないのだから。。


2014/12/28(日) 20:22 PERMALINK COM(0)
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