
隣の町内の神社です。2日の日に立ち寄りました。田舎は町内ごとにこんな小さな神社があります。境内は誰もいなくてひっそりとしていました。私は自転車でスーパーに行く時に、時々寄ってみるのですが、ここで人を見たことは1度もありません。私の町内の神社も同じです。
先日の話の続きですけれど、定年退職まで働いてホッとしたら「あいつはどうしているだろう?」と旧友を思い出したりするのでしょう。それで懐かしくなり「会いに行こう」とか思い立つようです。しかし、テレビの再会の番組などを観ていると、旧友に再会して喜んでいるのは本人だけで、旧友は複雑な表情をしていることがよくあります。どうしてか? やはり人それぞれに生きてきた事情があるので、再会して「万々歳」とは行かないこともあり得るということなのでしょう。また、音信が長く途絶えたならば、旧友の現状を察して「声をかけていいのか? よくないのか?」を確かめて判断するべきだと思います。「いきなり」ならば迷惑であるかもしれないのです。
話は変わり、私は母校の芸大に個展を開いた際は後援になってもらったり、会場に花を頂いたりして、大変ありがたく、懐かしくもありました。ところが、詳しい事情は書けませんけれど、芸大は学園側と労働組合とがもめていて、裁判沙汰になっているのでした。そんなことも原因かもしれませんが、私はちょっと、あることで残念な思いをしてしまいました。それはすべて、私の芸大を想う懐かしさの為の理解不足だったのでした。…芸大、学校も経営第一だったのでした。なので、私はもう芸大とは関わり合いにはならないです。たまに観ていた芸大のホームページへも2度とは行かないです。本当に残念ですが、仕方がありません。私は「卒業生」それだけで良いのです。