イスラム国の日本人拘束事件。悲惨な状況になったようです。個人責任が周辺国まで巻き込んでの泥沼状態。いかに、自己判断の見誤りが、多くの関係者に戸惑と苦痛を与えているかが察せられるみたいです。
何事も大義名分さえあれば、自分の行いは「全て正しいこと」に思えがちです。また、消極的な生き方よりも情熱的な生き方の方が輝かしく見えるのかもしれません。しかし、思考が暴走してしまえば、せっかくの大義名分が、ただの迷惑にしかなり得ないことだってあるのでしょう。
肝心なのは「人の言葉に耳を傾ける」ことなのでしょうか。例えば、友達から「〇〇はローンがないから楽だろ」と羨ましがられたりします。彼は私の本当の生活状態を知らないくせに、耳を傾けることをせずに、自分だけで「自分は不幸である、〇〇は楽をしている」と決めつけている訳です。
「家や教育ローンがなくていいだろ」って? それでは、私は「サラ金から膨大な借金があって、取り立てに追いまくられている」と説明した方がいいのでしょうか? …そんなこと人に言えないじゃないですか。人を察する気持ちがない友。だから、彼とのやり取りは出来なくなってしまうのです。
単純に落ち込んだ時は「ああ、自分はあの人達よりも恵まれている」と気づくことだと思います。